怯えた目でみつめる
がたがたと障子を揺らす風の音が聞こえ、私は薄目を開けた。

月明かりの無い真っ暗な闇の中、視線の先で、ぼんやりと灯火が見えた。
じゅっと音がして、数秒。
それが消えると、ふぅと長い息の音が聞こえ、白い煙が揺らめいた。私は鳥目ではないので、暗闇に慣れてくれば辺りの様子は、少しは分かる。

「……煙で、起こしたか?」

もぞりと、布団の中で身じろいだのが聞こえたのだろう。一角さんは私に声をかけてくる。
布団の中に入ったまま、上半身を起こして、一角さんは煙草をすっていた。

「いいえ、風の音で……」

そう答え、私は障子を指差した。ふと、その僅かばかりの隙間から、風がピュウピュウ入りこんでいるのがわかり、思わず閉めようと手を伸ばす。
その手首は、簡単に囚われた。


「何をしようとしてる?」

しっかりとつかまれた手が、少しだけ痛い。

「あ、しょ、障子を閉めようとして……」

手を引こうとするが、彼の力には適うわけも無くびくりともしない。
見下ろした一角さんの瞳が怖くて、私は目を閉じた。

「……お前が俺の部屋に居ることが知られたらどう説明するつもりだよ、俺が閉める」

一角さんはそういって私の手を離した。
私は、握られていた手を握りしめ、すとんと音を立てて障子が閉められるのを見ていた。

一角さんは、私と付き合って居ることを口外したがらない。

と、いうより口外したことが無い。
そして、私にもそれを望んだ。
私にとって、一角さんの命令は絶対であるから、私もしゃべったことがない。

つまり、私たちは、他の人からみたら、単なる上司と部下の関係に見える。

それは、平隊士である私と、三席である一角さんが親しく付き合っていたら、他のものに示しがつかないというのと、十一番隊に所属している数少ない「女」隊士である私に対する馬鹿らしい邪推から、他でもない私自身を守ろうとしているからだということを、一角さんは説明してくれたし、勿論私もそれを疑うことなんてしては居ない。
だけど、それでも、こういうときだけは少し、それが悲しくて、更に不安になる。
本当は、斑目一角と言う人間が、私の愛する人だと、誰彼かまわず言ってしまいたい。
それが、動物が縄張りを示すマーキング行為と似ていることなど、気付いている。

私のものよ、さわらないで。

そう言いたいだけなのだろう。
なんて浅ましい独占欲。
私はこの気持ちに気付くと、いつも情けなくてたまらなくなる。

「……一角さん」

私は手を伸ばす。煙草をすっている一角さんは、私に火と煙が当たらぬよう、静かに煙草を離して灰皿におき、何だよ、と言う。
空いていた手が、私の手に触れる。

引き寄せられる。


「好きです」


掴む。

なんて陳腐な言葉だろう。
口に出た言葉を、私は心の中であざ笑う。こんな言葉では足りない。
そもそも言葉で伝えられる感情じゃない。
それほどの感情が身体の中をぐるぐる回っている気がした(しかもそれは、綺麗な感情だけでは、多分無い)。
一角さんの着ている着物を握る。引き止めるように、私の元から離れるように。少し指が震えていた。見上げる。
その瞬間、私の背中に一角さんの手が回り、ぐっと距離が近づく。
その距離が、唇で埋まる。

「ふ……」

びっくりして、思わず太股がびくりとふるえた。反射的に引いた身体は、一角さんに押さえ込まれる。
突然のことで閉じる間もなかった瞳と、一角さんの鋭い視線がぶつかり、私は急に恥ずかしくなって、瞳を閉じた。


一角さんは私に愛の言葉など紡がない。
だけど、この一瞬の口付けに伴う、爆発しそうな熱に、背中を這い回る雷撃のような快感に私は捕らえられている。

この瞬間が、信用に値する。
いや、信じるしかないのだ。と、私は諦めにも似た感情で、そう思う。

それは、私が彼を好きだと思う感情に、誓いを立てる行為と同じだった。