それはまさしく、青天の霹靂

くすんだ赤色が、不意に目に付いた。

眠ろうと蝋燭を消そうとしたときだ。机の上に見覚えが無い花があるのがみえた。 その花の名さえ知らぬような、俺が置いた訳では勿論ない。の奴だろう、と思う。
いつの間に置かれた物だろうか、最近は忙しくて部屋に帰るとそのまますぐ布団に横になる生活だったから周りに気を使っていなかったと思い出す。
くすんでいる様子からみて、それが生けられてから大分経っているのかもしれない。

夜風が障子を叩き、がたがたと揺らす。
蝋燭の炎が揺らめいた。
相変わらずの忙しい日々、疲れた身体。今日もこのまま寝てしまおうとしていたというのに、自然とその花にひきつけられ、いつの間にか机の前に座っていた。
頬杖をつきながら、花を見つめる。


「紅をひいているのかと思っていました」


その赤を見ながら、ふいにと口を交わした初めての会話を思い出した。
いつの事だったか、正確なことは忘れてしまったが、確か夏の日だった気がした。
暑い、照りつけるような太陽を覚えているから。

「紅?何の話だ」
「目尻のものです。紅をひいているわけではなくて、刺青なんですよね、本当は」

そう言って、が微笑んだ。なんで目の前の女が笑うのか分からなかったが、驚きました、といって笑むその姿が、不思議と好ましかったから黙って聞いていた。

「でも、皮膚の薄い目尻に刺青を彫るのは、何だか痛そうですね?」
「……別に、どこもかわんねぇだろ」
「え、そうなんですか?」
「ああ」

お前は誰だ。と聞くなんてこと、始めから考えなかった。死覇装を着ているのだから死神なのだろう、と分かったから、何番隊の女なんてことは分からなくても十分な気がした。

「つか、妙に思わないのか?これ」

何故だろう、なんとなく俺はそう聞いた。紅をひいたように見える、この目尻の刺青を指差して。
薄い皮膚のところは痛そうですね、と笑ったこの女には、この刺青を彫った自分を怪訝に思うかと思ったからだ。今思えば「何故」とか「どうして」といった言葉が、から発せられることが無かったから、不思議に思ったのかもしれない。
だけど、それでも、は、それこそ「何故」といった顔を一瞬見せて、それから首を横にふった。


「いいえ、美しいと思います」


その瞬間、脳天をぶち抜かれる思いがした。
声を交わしたことさえない男の目尻に彫られた刺青を、美しいと思い、それを心のままに口にする女。
理由は分からないが、だけど、そう言って微笑んだを心の奥底で「欲しい」と願ったのは、確かだった。



ため息を吐く。
ふぅ、と息が蝋燭まで届き、再び蝋燭の炎はゆらりと揺らめいた。思い出から現実に戻った俺は、ぼんやりと、赤の花を見つめる。
花に心奪われる、そんな純粋な心を持っているつもりはない。
だけど、それでも、名も知らぬ花を、ただ美しいと思った。

俺の刺青を「美しい」と言ったの奥底にあった感情は、これと同じだったのだろうか。

考えても分かりようがないことを、長く思いつめることが出来る程の容量は、俺の脳みそには無いようで。
小さく苦笑したら、なんとなく頭がだるい気がして、俺は再び長く息を吐いた。
今度は、炎が揺らめくだけにとどまらず、すっと消える。
一瞬して暗闇になる自室、僅かに上がる一瞬の消炎。
白。

丁度良いか、そろそろ眠ろう。

そう思いながら、なんとなくごろんと横になった。暗闇の中にぼんやりと浮かぶ天井を見る。
明日になったら、に会いに行こうと、なんとなく思った。