着信音を、私は知らない
私から連絡を取らないのは、私が臆病者だからに過ぎない。


嫌われたくないと言う気持ちが、私を都合の良い女に成り下げる。鳴らない伝令神機なる物体を見つめながら、私はため息を吐いた。

阿散井さんと、もう3週間言葉を交わしていない。

3週間前、いつものように突然やってきた阿散井さんは、「忙しくなるから、随分の間会えなくなる」とだけ告げ、私にこの機械を渡した。四角いが丸みをを帯びた銀色の物体。初めて見たものに戸惑う私に、阿散井さんは、「これで連絡は出来る」と言った。電話、というものらしい。
成る程、さすが阿散井さんは死神さまだ、と思った。
この流魂街に住んでいる私が見たことも無いような物を、こんな簡単に私に渡す。
しかもたかが声を聞くために。

そして言葉通り、阿散井さんはあれから私の家を訪ねてこない。

1週間に1度は必ず訪ねてきていたから、こんなに言葉を交わさないのは出会ってから初めてのことである。
阿散井さんには大した問題ではないんだろうか。
私はとうの昔に気が狂った。

死神さまの仕事は、虚を滅却すること。
阿散井さんが話してくれたことがある。「そのいつも腰に差している刀で斬るのですか?」と尋ねると、「そうだ」といった。
さすがに血をつけたままで女を抱くほど無粋な人ではなかったが、血の匂いを纏ったまま此処を訪ねてきたことは何度もあったから、あぁ、だからか、と何となくそう思ったことを覚えている。

「怪我はしないのですか?」
「そりゃあ、斬りあいだから、することもある」
「……」
「……ばか、、そんな情けない面すんじゃねぇよ」

私の顔を見て、しまった、と思ったのか、ご機嫌を取るように私の頭をなでた。

「俺は死なねぇよ。まだ、何も終えていないんだ」

何を遂げようとしているのですか?とは聞けない。
聞いても分かる話でもないし、私が何かを出来るわけでもない。私は、何も知らない。ただ、阿散井さんは、どうやら位の高い死神さまで、刀を使って虚を斬る。それぐらいしか知らないで、後はただ、阿散井さんが気まぐれに訪ねてくるのを待っているしかない。

『随分の間』会えない、と阿散井さんは言った。
だから、もう2度と会う気がないというつもりでは無いのだろう。

伝令神機を撫でる。
「0」という所と、「通話」という所を順に押せば、阿散井さんと話ができる。
阿散井さんはそう言った。慣れないもので、私には難しいだろうから、といって阿散井さんがそう設定してくれた。けれど私は番号を押さない。

嫌われたくないからだ。

死神さまである阿散井さんのお仕事は、流魂街に住んでいる私なんか考えも及ばないほど大変に違いない。そんなお仕事をしているときに、私から連絡があったって、そんなの迷惑に違いないし、私を重荷に感じたりなんかされたら、私は死んでしまいたくなる。


あいたい。
それが出来ないなら、せめて、声だけでも聞きたい。
でも、怖い。

私は、またため息を吐いた。


伝令神機は今日も鳴らない。
明日はどうだか分からないけれど、それを信じられるほど、私の心は澄んでいない。


鳴らない伝令神機を握り締め、私は瞳を閉じた。