この感情の名前を
静まり返った夜道を、満月が照らしている。
両端の田んぼに生えている稲が風に揺れてわさわさと音を立てた。俺の影が、ひとつ、大きく伸びている。
流魂街に来たのは久しぶりだ。藍染たちが謀反をおこしたあの事件から、副隊長クラス以上の人間に休む暇など無かったからだ。
生死をさまよう大怪我を負った朽木隊長さえ、完治とは程遠い段階で、出舎しなければならない状況。
その状況下で、副隊長である自分が簡単に休みを取れるわけがない。
しかしながら、今日、ようやく1日の休みを手に入れた。
3週間ぶりの休暇、一番最初にの顔が浮かんだ。
随分会えなくなると告げた日に、渡した伝令神機。使えなかったのか、それとも使わなかったのかは知らないが、結局俺の伝令神機にからの着信が来ることはなかった。
(何で、電話してこねぇんだよ)
そう、何度思ったか分からない。声が聞きたかった。書類やら、お茶やら、竹刀やらが飛び交う状況で、の声が一瞬でも聞ければ、その一瞬で全ての疲れが吹っ飛ぶ筈だったのに。
自然と早くなってくる足取りに、がちゃがちゃと蛇尾丸が音を立てる。会いたい。もうすぐ会える。その想いに、気が逸る。
瀞霊廷に比べれば随分と古く、脆そうな家屋が立ち並ぶ中、必死に足を動かした。
「……」
の家は、その立ち並ぶ家屋の少し先。
どちらかといえば、森に近い町の外れにあった。それは、彼女の『家族』ともいえる、爺さんがそこにすんでいたからだ。
その爺さんは、随分前に死んじまったらしいが、はそのままそこに住んでいる。
部屋の中は暗い。
もう寝てしまったのか、と思ったが、考えてみればもう日付が変わっている頃だった。
がらがらと極力音を立てないように、部屋に入ってみると、真っ暗な部屋の中に、月光が淡く差し込む。布団にくるまって眠っているの姿が、ほんのり照らされて見えた。
起こすのも悪い。俺は、静かに部屋へと上がる。いつもはこんな時間に来ないし、が出迎えてくれるのが当たり前だったから、どうしようかと辺りを見回し、とりあえず座ろうと、の隣に腰を下ろした。
「……馬鹿か」
そのとき、見えた。伝令神機。
俺のじゃない、俺がに渡した奴だ。まるで、何かに縋るように、はそれを手に握り締め、眠って居た。
そのいじらしさが胸を突く。唐突に競りあがってくるどうしようもない感情が、俺の心臓を鷲掴みにする。
。
起こさないように、ほほにかかった髪の毛を触る。早く朝になれば良い、そう思う。隣で寝ている俺を見て、は驚くに違いない。声も立てれず、その大きな瞳を更に見開いて驚くさまを、早くみたい。
そんなことを思いながら、俺はを見つめていた。見たことはないが、多分俺は今ものすごくしまりのない顔で笑っているんだろうと、何となく思った。