その言葉の意味を、早く教えてください。


朝、目が覚めたときには既にもう、雨が降っていた。

「おはようございます、阿散井副隊長」

皆が傘を差している中で、私の前で歩いていた直属の上司である彼の姿を一発で認識できた訳は、彼のその赤い髪が妙に目に付いたからだ。阿散井副隊長は、黒に近い灰色の傘を差していて、それ故に彼の赤い髪は良く目立つ。

「あぁ、おはよ、

私を声で確認したのか、振り返りもせず阿散井副隊長は私の名を当てた。その彼の斜め後ろを歩くように私は歩く速さを調節する。
位の高い阿散井副隊長の隣を歩くのは少し気がひけた。

「凄い雨ですね」

私はそう言葉を続けた。今度はちらりと私に視線を投げた阿散井副隊長は、すっと視線をずらし、少し傘をあげて空を睨んだ。

「そうだな。全く気が滅入るぜ」

眉間に皺が寄った横顔を見つめる。鋭い目が、更に細く鋭くなっていた。
黄金の瞳の色を、私はとても美しいと思う。

「何?」

私の視線に気付いてしまったのだろう、阿散井副隊長は、急に私のほうを向いて、そういった。

「……いえ、何でも」

私は、見つめていたことが分かってしまったことが、恥ずかしくて目を伏せる。ぽつぽつぽつと雨粒が傘を叩いて音を立てていて、私はぎゅっと傘を握った。

「あ、そ」

阿散井副隊長は、そう言って、また前を向いた。がちゃ、と、阿散井副隊長の斬魄刀が音を立てて揺れる。「蛇尾丸」という名前だと、いつだか教えてくれたことがある。酒の席であったかもしれない。あの日は、色々阿散井副隊長と話せて楽しかった、と、そんなことを考えていると、「あ」と阿散井副隊長が何か思い出したような声を出した。

「そういえば、今日呑みがあるけど、お前来る?」
「え?……今日、ですか?」
「あぁ。どう?」

随分急な話だな、と不思議に思わないわけではなかったが、また阿散井副隊長と沢山お話しできる機会があるのかもと、私は、急いで頭の中で手帳を開いてみる。幸運なことに、残業までしなければいけないほどに抱えている仕事も無いし、特別な予定もなかった。

「はい、参加します」

よかった、と思いながら、そう言うと、阿散井副隊長は、「わかった、じゃあ夜、いつものところな」と言って、笑った。
あまりはっきりとした笑顔を見せる人ではないから、それだけで、少しドキドキしてしまう。

「阿散井副隊長!」

そのとき後ろから、大きな声が聞こえて、隊員の一人がばたばたと走ってくるのが見えた。

「なんだよ、ンな大きな声だすんじゃねぇよ」

阿散井副隊長は、そう言って勢いよく後ろを振り返った。傘の上にたまっていた雨粒が、反動でぽとぽとと落ちてくる。
その走ってきた人は、席官の一人で、私はあわてて、頭を下げた。ちらりと私を見た彼は、特に何を言うわけでもなく阿散井副隊長のほうに顔を向ける。

「すいません、ちょっとこの間の書類の件で」
「書類?……あぁ、分かった」

阿散井副隊長の隣に、彼は意図も簡単に立って話す。
私がいても邪魔になるだけだろう、と思って、歩く速度を落としその場から離れようとした。

「あぁ、そうだ、

その私に、阿散井副隊長は振り返る。何だ、と思って顔を上げた。

「さっきの話、あと俺しか参加しねぇから、よろしくな」


息が止まった。


え、それは、どういうこと、と思って、それ以上考えが進まないのは、私だけ時が止まってしまったからに違いない。
これだけの情報じゃ、何の話か分からないのだろう、席官の人は怪訝そうな顔をして私と阿散井副隊長を見て、

「仕事の話ですか?」
と言った。
「ん、そう。今度ちょっとな」
と、何食わぬ顔で阿散井副隊長はそう言って、意地の悪そうな笑みを浮かべて私をみた。

随分と余裕があるじゃないか、私は驚いて声も出ないと言うのに。

「じゃあな、仕事頑張れよ」

と、そんなことを言って阿散井副隊長は私の前から消えた。立ちすくんだ私は、今の状況を整理するので精一杯で、そのくせ、どっ、と血液が逆流したように身体が熱い。

雨粒が、先ほどと変わらない速度で、ぽつぽつと傘を叩く。

雨が降っているのに、それでもこの熱は冷めない。顔がぽっぽと熱い。
頬を触ったら、きっと火傷してしまう。

私はまた、ぎゅっと傘を握る。

どうしたらいいのだろう。この状況は一体なんなのだろう。そう考えながらも、とりあえず仕事を頑張ろう、と阿散井副隊長の言葉を思いだしている自分が居る。

結局のところ、私は阿散井副隊長に踊らされている。
私はそれをおかしく思って、一人でクスリと笑った。