朱色に染まる欲望
ぽっ、と、の指先には、朱の花が散らばっている。
「何だ、それ、またつけてんのか?」
俺が笑うと、は、隠していたものに気付かれてしまった、といった様子で慌てて爪を隠した。
「……気に入っているんです」
それから、そう呟くように言った。
俺は、ふうん、と言う。多分顔はにやついているに違いない。
の爪を彩る、この「マニキュア」なるものは俺が現世で買ってきてやったものだ。
いつも、爪紅をして桜貝色に染まっていたの爪を見ながら、そういえば現世にこれに似たような物があった気がする、とそう思ったのが、きっかけだった。
しかしながら、そう思った早速次の日に、乱菊さんに相談をしていた俺の脳みそは、多分腐っている。
色は、朱色。
朱より深く赤い真紅のほうがの肌には似合うだろうか、と思ったが、明るい色のほうが良いだろうと、乱菊さんに教えてもらった店の中で小さな瓶に入った色の着いた液体を見比べながら思った。
薄い桃色の指先も、慎ましいには似合っていたが、たまにはこういった華やかな色が指先に散るのも美しいだろうなんて。
考えただけで口元をあげてしまった傍から見たら変態であった俺は、周りに居た人間(いや、女ばかりの桃色空間であったが)をびくつかせた。
「見せてみろよ」
俺は言う。
え、と言う顔をしたは、それでもおずおずと手を差し出した。その手を掴むと、びくりと肩がはねる。
爪を見れば、はみ出ていることも、寄れていることも、剥がれている部分もなく朱色が丁寧に塗られている。
これをあげてから、俺が来るといつもの爪は朱に染まっていた。俺は来る前に連絡をしたりすることはなかったから、それはつまり、コイツは毎日俺がやったもので、自分の爪を彩っているのだということだろう。
その事実は、俺の征服欲やら支配欲といった汚ぇ欲望を満たし、また意図も簡単にそれは、を愛しいと思う気持ちにつながる。
「あの、阿散井さん……」
「ん?」
じっと見つめすぎたらしい、はもじもじと手を動かした。そろそろ離してください、と小さな声で言うから、駄目、と言った。
「恥ずかしがることでもねぇだろ」
「……」
黙ってしまったの顔を見ると、困った顔でこちらを見ていた。俺が小さく笑うと、眉間に皺がよる。少し怒らせたらしい。
その様子も可笑しかったが、ここで笑ってしまうと更に怒らすだろうから、ぐっと堪え、はいはい、と手を離した。
すっと顔を逸らす姿が、なんとも可愛い。その様子に、口元を手で隠しながら、わずかに微笑んだ。
今度は何色にしよう。
の横顔を見ながらそう思う。そういえば、今度現世に行く仕事があったはずだ。ちょっとした時間が取れれば、現世の爪紅を買うことぐらい出来るだろう。
やっぱり桜色やくすんだ山吹色のような自己主張の少ない色のほうが良いのだろうか。
いや、でも萌黄や瑠璃色といった突飛な色も、もしかしたら映えるかもしれない。
黒や白なんてのもあったし、様々な色が、それこそ沢山置いてあったしな、と考える。
ああ、真紅も似合うだろうと思ったっけ。
の横顔を見ながら、頭の中で、彼女の指先に好き勝手に色をつけていく。
青、赤、桃に橙。
綺麗に彩られていく彼女の指先が、今から楽しみで、そんなことを考えている自分に、苦笑した。